【6】2016/06/16

「…本当にどうしたのよ、その怪我」

仕立て屋から出てきた彼女は、この店の店主のようだ。まだ若く、可愛らしい大きなリボンを頭の上に結んである。

「…まぁ、ちょっとね」
「ちょっとね、じゃないわよ!」
「いた、」
「痛くしてるの。もう、早く入って…血が凄いわ」

青年は彼女には弱い。惚れた弱みだろうか。

「雪咲、おいで」
「…男をこうやって、簡単に家の中に入れていいわけ?」
「雪咲と私の仲でしょ」
「全く、蛍には敵わないな」

こうやって安心できる場所を僕にくれるのは蛍だけだ。蛍と出会ったのは、僕が5歳の時だった。その時は朱鷺しか友達が居なかったのに、朱鷺が僕のために友達を連れてくると言い出した時は、何を言い出すんだと思った。
けど、違った。蛍と出会った瞬間、時が止まったように感じた。時が止まるだなんて揶揄でしかない。けれど、そんな錯覚を起こしてしまう程、僕のテリトリーにすっと入ってきた。
僕の初恋の始まりだった。

「はい、もういいわ。探偵っていつもこんなに怪我をするものなのかしら?」
「さぁ?」
「…心配してるのよ」
「ごめん」
「謝ったって許さないわ。もしも大きな怪我で動けなくなったらどうするのよ」
「ならないよ」
「なるわ!身体を大事にして欲しい。…朱鷺だって嫌って言うわ」

おかしいな、今日は蛍の笑顔を見に来たつもりだったのに、どうして、そんな悲しい顔をしているのだろうか。僕のことなんてどうでもいい。僕は、僕のけじめを終わらせて、君に言いたいことがあるんだ。

「わかってるよ」

本当の気持ちを隠して、僕は笑って誤魔化す。そうでもしないと、君への思いが溢れて、取り返しがつかなくなってしまうのではないかと感じてしまうから。それに君は、僕のことを友達だと思ってる。

「わかってないわ」
「わかってるよ」
「全然わかってない」

わかってないのは、君の方。そんな風に、僕のことを心配だけじゃなくて、好きだから気になってるんだって顔をしてる君の方が、僕には理解できないよ。

「蛍、君だけでも僕は守るからね」
「…もう、探偵なんて止めてここで暮らせばいいじゃないの?」
「…だから、簡単に男を住まわせるなんて言わない」
「簡単なんか!」
「簡単に…」
「よう!お邪魔ー…あ?」

言い合っている最中に朱鷺がやってきた。本当に朱鷺はタイミングがいいのやら、悪いのやら。

「雪咲!お前、その怪我どうしたんだ!」
「…」
「おっと、そう睨むなって…はいはい、後で聞くよ」

朱鷺は僕の気持ちなんてお見通しだ。朱鷺は必ず僕が嫌うことを早く気づける。けど、それ以上に。

「蛍、元気してるようだな…よかった」

朱鷺は蛍を大切に思っている。だから、蛍に心配するようなことをわざわざしない。僕を大切にして、面倒を見てくれるお兄さんのような朱鷺と僕は恋のライバルという立場なのだ。蛍は気づいてはいないけど。

「もう、昨日も同じこと言ってたわよ」
「毎日会いたいんだ」
「沢山の女性に言っているような台詞を言われても嬉しくないわよ」
「お前だけだよ」
「嘘よ」

蛍の笑顔がやっと見れた。こうもストレートに口説いているにも関わらず、蛍は気づかない。
この笑顔を僕は、守りたいんだ。守らなきゃいけないだ。もう、大切な人を失いたくない。失ってからでは遅いんだ。

「…雪咲、情報を確保した。ここを出たら、まず俺の家に来い。絶対に心配させるような態度をとるなよ」

僕等だけの秘密。
蛍は誰かに狙われている。
僕の母を殺した父親に…。



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【7】2016/06/16

「はぁ、ここもハズレか。一体どこに逃げてるの?」
「…モントさん、ちょっとイライラしてませんか?」
「燈くん、よくわかったね。そう、僕は今凄くイライラしてるよ。この状態にね」

僕の目の前には、無残に倒れている人間。僕はその山を見て、ため息がでた。息もしている様子なため、気絶しているだけのようだが、この姿を始めてみた訳ではない。

「柚子野が、絡む任務って訳ね…面倒だよ。本当にね」

柚子野は、時の管理所の生命体である。けれど、僕たちの部署【要】で働いている訳ではない。
時の管理所には【要】ともう1つ【陽炎】という部署が存在している。【陽炎】と呼ばれる謎の部署は、【要】を敵対しており、上層部同士がいい争う時もあれば、戦闘態勢に入ることもある。ただ、不死身な体なため、どちらも決着することはなく、冷戦状態になるのがオチである。
また、困ったことに、していることは【要】と同じであるために、二つの部署がぶつかる任務というのは、言わば実績の取り合いという訳である。また【陽炎】は手荒な事が多いため、戦闘も避けられないのだ。

「俺も戦闘だけは避けたいですよ」
「燈くんは、柚子野には会わない方がいいと思うけど、経験積んだ方がいいし、逃げないようにね。あ、なんなら首に首輪でもつけてあげようか?僕の鞭でもいいなら首輪から引っ張るけど」
「笑えない冗談は止めて下さい!!」
「冗談じゃないけどね」
「…」

経験を積めというのは、避けられない。死ねない僕らには、どれだけ技術を積み重ね、この仕事の成果を上げていくのかが、前に進む手立てなのだから。

「そんなびくびくしながら泣かないで」
「泣きたくて泣いてるわけではないです」
「…知ってる」
「…モントさんは、優しいんだか、怖いんだか、本当に分からない人ですけど、真っ直ぐですよね」
「…急に何?」
「笑った後に、急に睨まないで下さい、怖さが増します」
「燈くんが変なこと言うからでしょう」
「変じゃないですよ。本当です。モントさんは、真っ直ぐなんです。物事に関して冷静に尚且つ、一番何をすべきなのかどうすれば何事も上手くいくのかを推論して、考えてる。遠くから見れば、それは、真面目なんです。でも、そうじゃない。」

「モントさんは、僕達が苦しい状態になるのが嫌なんです」

燈の紫と青のオッドアイから光が見えた。いつも泣く彼は、時折こういった力強い意志を伝えてくる。僕は黙って聞き入ってしまうくらいに純粋に、ぶつけてくる。

「僕達を守りたいんですよ。だから、僕達のためになることには、進んで真っ直ぐ突き進んでいくんです」
「…そう」
「はい、俺はそんなモントさんの部下になれて幸せなんです。」
「そう」
「はい。でも、これからモントさんの専属部下なんですから、もっと頼って下さい」

ふんわりと笑う燈は、本当に時の管理所にいる生命体より、人間らしい。僕は燈の過去を知らない。泣き虫な燈にはいったいどんな闇を抱えてやったきたのかさえ、分からない。けど、そんな人間らしい燈だったからそこ、僕は、君を専属にしたのかもしれない。

「燈くん、ありがとう」

言われるまで、気づかなかった。誰かに気づいて、もらうというのはなかなかいいモノだと感じた。
僕はまた、大事なものを見つけてしまったようだ。そんなことを考えていると、イライラしていた気持ちは何処かへ行ってしまったようだ


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【8】2016/06/16

「あー!なんでこうなるわけー!」

俺はまさに、不機嫌である。なんでかって?それは俺の愛しの上司がふらっと消えてしまったからだ。

「ブランさんー!どこにいったんですかー!」

まさかの着地した場所を間違えてしまったようだ。少し薄暗い森に来てしまったようで、ブランの姿を見つけるのは難しそうだ。けれど、そんなことで探すことを諦めないのが、俺である。

「全く、もうブランさんったら♡俺がそんな易々とアンタを逃すわけないでしょ」

俺は、最強と呼ばれる上司の専属部下だ。俺が唯一認めた生命体。
時の管理所に生きる俺は、自分の赤子の姿を見たことはない。その理由はどこかの次元に存在していた前世の最後の姿のまま、この世界にやって来るからだと、ブランに言われた。
時の管理所には、他の世界と変わらぬ生活を行う者から、役割を持って多次元の歪みを修復する部署が存在し、その部署に入る者は最も深い闇を抱えている。
俺の闇は、ここでは秘密。だって言えないほどの闇なのだから。

「…あ、あの」
「ん?」

俺の後ろには、妖がいた。見た限りだと動物と遊んでいたようだ。

「何?」
「あ、えっと…。」
「ハッキリ言いなよ」
「ハイ!えっと、貴方は誰?」
「ミレー」
「ミレーさんですね、えっとそれでどうして、ここへ?此処は人間が入れない不思議な場所ですよ」

話を聞いているとなんでも、この場所は、人間が入ることが出来ないように結界が張られている場所だそうだ。そんな場所に、人間のようなやつがいれば、それは驚くだろう。

「これでも、人間じゃないからかなー」
「え!違うんですか!」
「そう、もう質問はいいよね。それより、ここに黒髪の人通らなかった?」
「見てないですけど」
「けど?」
「わ、私の友達に聞いてみましょうか?」
「何?その友達は知ってるの?」
「いえ、唯沢山の人と探した方が早いのではと思ったので」
「…なるほどね、確かに。」
「では、行きましょう」
「ところで、アンタ名前は?」
「私は玻璃です」
「ふーん玻璃、早くその友達がいるってところに案内してよ。メリットがないことなんてしたくないからさー」
「めりっと?」

聞いたことがない言葉に混乱しているようだが、ぽてぽてと歩き出した。よく見ると彼女は体に結晶が埋まっているようだ。結晶の妖か?と推測しておく。





「あ、帰ってきた」
「おおー!!玻璃おかえりじゃ」

そこには、いつか書類で見た2人の妖がいた。【青いキリンの獣人】と【タツノオトシゴの龍人】だったはずだ。まさか、こんなところで出くわすとは、思わらなかった。今の任務になる前はこの2人の因果を修正する必要があった。けれども、ある日突然、修正不可とされ、この二人は、俺たちから縁がなくなったのだ。それはとてもいいことで、俺にとってはあまり面白くない。問題があった方がスリルがあるし、ブランとの任務の数が増える。

「柊、秘色」
「…」
「…どうして、名乗る前から私の名をしっておるのかのう?」
「そういう、得体の知れない生命体だからだよ」
「まぁ、そのようだね」
「…うわ、何その理屈で話す感じ…まるで、俺の愛しの上司の弟くんみたいじゃないか」
「はい?」
「まぁ、似てないけどね。君は見てる限りここのお母さんかな?」
「意味がわからない…ところでなんで、玻璃はこの人を連れてきたわけ」
「あ、あの人を探してるみたいで、知らないかなって…」
「人なら、さっき浅葱っていう半妖の魚人はいたけど、それ以外は見てないね」
「そうそう、でその浅葱に玻璃を紹介したかったのじゃが、玻璃が見つからなくてのう…」
「ご、ごめんなさい!」
「また来るって」

少しわかったことを頭の中で記録する。成る程、この様子を見る限り妖同士で関係を築けたことによって、俺たちのように過ちを抱えずに、回避できたってことだ。まぁ、純粋に喜べないが良かったなと思う。

「まぁ、すあまさんに報告できるから、ブランさんが見つからなくても、いいことはあったかな」
「…おい、どこにいってたミレー」
「!その声は…ブランさーーーん♡」

森の影からブランが出てきた。なんと、俺を探してくれていたようだ。でも、おかしいよね。まるで俺がブランから迷子になったようになっている。けれど、ブランなら許そう。そういうのが俺らの関係だから。

「あぁ、首に巻きつくな!」
「…もう、寂しかったんですよ?」
「知らない。お前は俺が指示しないでも分かってるだろう」
「あぁー!す て き♡もう、そうですけど、今回ばかりはこんな森なんですからー♡」

「…」
「…よし、帰ろう」
「…そうじゃのう」
「え、え?」
「玻璃、おいで。今日は私と一緒に寝よう」
「おい!私も一緒にいいか?」
「ひーちゃんも?別にいいよ」
「わーい!よし、善は急げじゃ!」

俺がブランに夢中になっている間、妖たちは何処かへ行ったみたいだった。


To be continued