【4】2016/06/02
「もう、逃げらないよ!」
左肩の出血の量が多いせいか、左腕の感覚が薄れている。どうして、僕が知らないお姉さんに追われないといけないのだろうか!
「もう、いいかい?」
びくりと、固まる。僕が今から使おうとした札がぐさりとサイフで地面の上に刺さっている。もうあの札は使い物にならないだろう。
「あら、返事がありませんね」
「…」
右目の眼鏡がキラリと輝く。まるで獲物を逃さないと言った猛獣の眼のようで、傷を負った青年はもう、動くことが出来ない。
「ーーーーーーみーつけた」
「!!」
「あらあら?どうしたのかしら、そんなに怯えちゃって」
もうおしまいだ。まさかこんなところで、僕は死ぬのだろうか。それなら最後に大好きな妖たちにお別れをしたかった。いや、もっともっと遊んだり、お話したりしてあげればよかったんだ…あぁ、こんな綺麗なお姉さんに消されるんだなんて、嘘だと言って欲しいよ!
「…っ」
「あら、やり過ぎちゃったのかしら」
「お願いします!殺さないで下さい!僕は、まだ死にたくないんだ!もっと、長生きしたいんだよ!」
「何を言ってるの?そんなことしないわ」
「…へ?」
「もう、貴方が逃げようとするから足止めしただけよ?もう、逃げちゃうんだもの。駄目よ?追いたくなるような可愛いことしたら」
「…へ?え?」
「そのまま動かないで。ごめんなさいね、飴ちゃん食べます?」
「え?え?えええええ?」
さっきまでの殺意はどこにいってしまったのだろうかといった優しい雰囲気に変わってしまった女性に、青年は動揺を隠しきれなかった。
「あ、もらい、ます」
「貴方が五鈴さんで間違いないですよね?」
「…どうして、僕の名前を?」
「ふふ、貴方にしか頼めないことがあるのよ、協力して欲しいのよ」
「…」
「ーーー拒否権はないわ」
「…!」
「そうそう、何度も頭を縦に振らなくてもいいのよ。可愛いわー」
「…」
僕はどうやら、変なことに巻き込まれたみたい…みんな、助けてー!
「ん?何聞こえなかった?」
「いや、何も聞こえなかったのー」
柊と秘色は呑気に泉のほとりでお茶をすすっていた。波璃はというと、今日は動物と遊ぶそうだ。
「ん?あれは誰かのう」
柊は秘色の指差す方へと目を向ける。すると、そこには人間がいた。珍しい、こんな昼間からこの妖の森にやってくる人間がいるのは。
「あやつ…もしや、この泉で水浴びでもするつもりかのう?」
「…見てくる」
「…仕方ないのう、私はここでじっと観察しといてやろう」
「ただ緊張してるだけでしょ、ついて来たかったら来てもいい」
「な!このとっておきの場所をもし誰かに取られたら嫌ではないか!」
「取らないよ」
「う、」
柊はふっと秘色に向かって笑った。すると秘色はしぶしぶといった雰囲気で柊の後ろについて来る。
「わ!こんなところに泉が!ここなら人も居ないし、大丈夫だよね」
色素の薄い髪の青年が泉に脚をつけようとしている。しかしよく見てみると、青年の脚は、人とは少し違う刺青のような模様が描かれているようにも見えた。やっと、青年が見える位置にやってきた2人はそっと様子を見る。どうしたことか青年の脚はまるで魚のような脚になっている。彼は人魚の半妖なのだろう。
「あ、その脚」
「!、あ…見られちゃいましたか…誰もいないと思っていたのですが、、」
青年は驚いた様だが全くこちらを見ずに、背を向けて話しかけてきた。そして、そっと脚を隠そうとしている様にも感じた。
「ごめんなさい、変なものをお見せして…」
「いや、とても綺麗な脚」
「!」
まさかそんな言葉が返ってくるとは思っていなかったのか勢いよく、2人に顔を向ける。黄金色の瞳が印象的だった。
「き、綺麗?」
「うん、それに私なんて角や耳が生えてるから」
「私も、柊と同じ意見じゃ。私は角が生えておる」
「…純粋な妖さんなんですね」
「そうかな」
「…お邪魔しちゃったみたいですいません、実は少し待ち合わせをしていまして」
「待ち合わせとは、最近この泉に沢山近寄ってくれる者が増えてきたのうー嬉しいのう」
「そう、じゃあその待ち人が来るまで、泉に入ったらどうです?好きなんでしょう、水」
「…はい」
「私は柊、君は?」
「…浅葱」
「私は秘色!ひーちゃんって呼んでくれ!」
「…ひーちゃん」
「うぅ、嬉しくて涙がでるのう」
「はい、これで拭いて」
ぽろぽろぽろと大粒の涙を流す秘色に柊が慣れた様に、小さな布を優しく拭いてやる。まるで、母と子。
「…ここ、いいですね。また来てもいいですか?」
「勿論!私も友達が増えて嬉しいからのう」
「いいよ、ここはどんな見た目だってとやかく言う奴はいない。安心して来たらいい」
浅葱は、待ち人を待つ間だけの付き合いだろうと思っていたが、彼らは違うようだ。その様子が半妖の身体を持つ浅葱にとって、なかなか無い関係に心地よさを感じていた。
「ようこそ、妖の森へ浅葱」
また、こうして妖の森にやってくる奴が増えていくのであった。