【9】2016/06/17
「五鈴さん、どうかしら?」
「あ、そうですね。すあまさんが気になってる妖はすぐに見つかると思いますよ」
僕は、いつの間にかすあまと仲良くなっていた。初めに怖い思いをしたからか、それ以上の怖さを感じられなくなったのだ。それに、すあまは、優しく、落ち着いている。
「妖たちを操ることができるのは本当に凄いわね」
「皆友達ですから」
「友達ね。いいわね、友達。私にはそんな人居なかったわ。今は家族があるけど」
「すあまさん結婚してるんですか!」
「結婚?ふふ、違うわよ。家族のような家庭があるっていうことよ」
「すあまさんに、そんな風に思ってもらえる人たち幸せですね」
「…そうかしらね」
「どうして、そう思うんですか」
さっきまで、笑顔だったすあまは、急に表情を曇らせた。そんな顔を見てしまうと心配してしまう。
「楽しい関係よ。でもね、皆それぞれ誰にも言えないことを抱えて生活しているの。私はそれを知らないし、それを知ろうとは思わないわ」
「すあまさんもですか」
「そうね、私もよ。私は彼らの外面的なことはすぐにわかるけれど、内面的なことはどんな風に思っていて、考えているのかなんて簡単にはわからないわ。それを知るためには、【家族】のような枠を作る必要があったの。その枠に入れば、話し方や表情から少しずつ、わかり始めたの」
「…難しいですか?」
「今はそんなことないわ。楽しいと思える毎日がずっと続けばいいわ」
この人の見た目は凄く若いのに、考え方はとても、大人で話を聞いていて驚くことばかりだ。
「でも、僕にはすあまさんに醜い感情があるだなんて見えませんよ」
「あら、そうだったわね。五鈴さんは特殊な目を持っていたわね」
そう、僕の目は普通の人間とは違う。醜い感情を目から感じ取ってしまう特殊な能力をもっているのだ。
「でも、その醜い感情を見られたくなくて大きな壁を作り、隠してしまった感情はどう?貴方には見えるの?」
「…え」
「貴方は、純粋な人よ。だから壁に覆われていない感情を見ることが出来るのよ」
どうして、そんな風に考えつくのだろう。僕は、こんな目を持ったばかりに苦労してきた。目のことを話せば、距離をとろうとする人ばかりだった。でもすあまは違う。こんな人が沢山いれば、いいのにと思った。
「妖たちにはよく言われます。人間は本当に醜い感情を持った人が多くて、僕は、そんな人間の感情が苦しくて、嫌で逃げてるんだ」
「そうなのね。だから妖たちが友達」
「はい」
「じゃあ、私はどうかしら」
「すあまさんは…」
「でもね、さっき言ったでしょう?覆われてる感情の中には醜くいわ」
すあまの雰囲気が少しだけ、黒い、青い炎のようなものが見えた気がした。
「私もその中の一人だってこと忘れないでね…五鈴さん」
人差し指を唇に置く仕草は綺麗なのに、まるで、ここからは聞かないでと暗示にかけられるような、そんな気持ちにさせられた。
「それでも、僕はすあまさんといると落ち着きます。だから、その家族の人達もきっと、すあまさんといると落ち着きますよ」
目を見開くすあまの瞳から僕の姿が見える。真っ直ぐ、伝えようとしている僕よ姿が。
「すあまさんは、優しい人です。きっと皆さんもすあまさんのその雰囲気に安心してると思います。確かに初めは怖いなと思いました。けれど、それはそれで、すあまさんなんです。」
「…私が優しい」
「すあまさんがどんな仕事をしているのかはわかりません。けど、皆を支える縁の下の力持ちのような存在なんですよ」
「ぷ、」
「あ、笑いましたね!」
「…ご、ごめんなさいね。お、おかしくて」
「すあまさんは素敵な人ですよ。僕はすあまさんを醜い人だって思わないです」
すっと、僕たちの周りで風が舞った。心地よい風だ。もう、すあまさんには黒くて青い炎は消えていた。
「ありがとう」
「はい!」
「やっぱり人間は羨ましいわ」
「え?人間じゃないですか」
「ふふ、さぁどうでしょうね」
笑いながら前に歩き出したすあま。僕は急いで彼女の後ろまで追いつく。
少しずつ、僕の知っている日常が変わり始めた。
「見つけたぞ!」
「っち」
誰もいないような真夜中に僕は追いかけられていた。僕の後ろから追いかけてくるのは、父親からの浪人。
「雪咲を逃すな!」
逃げるよ、どこまででもね。
逃げてる最中に浪人が持っている火にびくびくしてしまう。火は苦手だ、トラウマでもある。
「どこに行った!」
「手分けして探しましょう!」
「必ず見つけろ!」
二手に分かれたようだ。まさか一番近い場所に隠れていたとは思わなかったのだろう。案外すぐに逃げることができた。僕は自分の腕が震えていることのに、気づき、その場で力が尽きたように座り込んでしまった。
僕は、大好きだった母親を火事で失ってまった。火事の中から母親は僕のために道を譲った。
(愛してるわ、雪咲)
優しく、美しい僕の母親だった。
成長するにつれて、僕の顔は母親似だということがわかる。髪型の癖毛以外は本当に瓜二つではないかというほど、女性のような顔立ちなのだ。
とはいえ、僕は男だ。背も伸び、女性と並べば男と思われるようになりたい。
蛍にも素敵だと言われたい。
「…もう、大丈夫。大丈夫」
火をみるといつも、こうなる。夜の行動は避けたかったが、どうしても知り得たい情報があったのだ。これは朱鷺にも秘密。
「…やはり、僕を誘き寄せるために、蛍を狙っていたのか」
父親は俺を狙っているのは、わかっていた。あの火事の原因も父親が絡んでいることも、探偵を始めてからわかったことだ。父親は高貴な家の主人。本当なら僕はその家の跡取りだろうが、僕は正式な子どもではない。
そんなことを考えていると足音が聞こえた。まさか、さっきの追っ手が!
「…やっぱり雪咲ね」
「蛍」
「顔が真っ青よ」
蛍の温かい手の温もりを感じて、始めて僕の体は冷え切っていたことに気づいた。その手が気持ちがいいと感じたけれど、それよりも怒りが溢れそうになる。
「どうしてこんな夜中を歩いてるの!」
そう、今は真夜中。こんな人気がないところを若い女性が歩いていれば、襲われるかもしれない。
「そ、それは」
「危ないじゃないか!」
「でも!」
「でもじゃない、本当どうしてここに?僕のことはいいから、もう近寄らないでくれ!」
嘘だ。本当は嘘。
こんなにも愛おしいのに、僕は嘘をつくんだ。火なんてことは忘れていた。そうだ、僕が今一番失いたくないのは君だ。君が無事なら、火の中だろうが助ける。昔、母親が僕にしたように。
「嫌よ!いやいや!」
「なんて分からず屋なの!」
「分からず屋は雪咲でしょ!私はね、私はずっとゆらのこと…っ、」
僕はどうしたのだろうか。蛍のその続きは聞きたくないと思ったのか、蛍を僕の腕の中に引き寄せてしまっていた。
「言わないで」
「…」
「まだ、言わないで」
声が震えてる。これ以上、手放せなくなるような、そんな感情を膨らませないで欲しい。
「…雪咲、泣いてるの?」
泣いてる?さぁ、どうだろう
「泣いてるのね、いいよ。ずっと泣いたっていいの。雪咲は泣いていいのよ」
「…、」
僕は泣いているようだ。だから声が震えてたのか。そういえば僕って泣けたんだなっと思った。最後に泣いたのは火事の日だったかもしれない。
「寒いでしょう?帰りましょう」
僕は知らなかった。蛍だけだと思っていたのに、朱鷺もこの場に居ただなんて。
「馬鹿だな、お前って」
「…」
「いいよ、泣け。お前は一人で抱え込みすぎなんだよ」
「…朱鷺」
「俺はお前を守るために、生きてるんだ。お前が俺の見ていない場所で動き回るなよな」
「…ごめん」
「素直すぎると調子狂うが、今の方が歳相応だよ、お前はな」
朱鷺に頭を撫でられて、ようやく落ち着いたように感じた。
「…さぁ、蛍の方がいいと思うが俺の方に来い。お前体が動かないだろう。俺がお前の家まで運んでやるよ」
「うん、ありがとう」
「おっと、…おいおい、本当今のお前可愛すぎな。急に飛び込んでくるな」
「…!ちょっと朱鷺!すぐに私から雪咲を取るなんてずるいわ」
「いいだろう、親友の特権」
「いつも私ばかり置いて、二人ばっかりずるいわ」
「…ずるいもないだろ。な、雪咲?」
「…」
「…ふふ、雪咲ったら」
「…まぁ、頑張ってるからな」
そんな、二人の声を聞いて僕の意識は夢の中へと入ってしまったようだ。
To be continued
【10】2016/06/18
「警察保安部だ。ここ最近怪しい者たちを見なかったか」
朝日が登り始めた。こっちに来て、はや数日が経ってから警察保安部が動き出している。どの時代でも、異質な存在は嫌われるようだ。
「鴉紅丸、この道以外に通り道はないんすか」
「あるぜ、こっちだ」
鴉紅丸は、さらに人気がない道を選んでくれる。警察保安部がうろうろし始めたということは、【要】の奴らも動き回っているということ。あぁ、面倒だ。本来の俺は戦うことを好まないが、刀を持つと人格が変わるらしく、俺は【陽炎】の上層部のトップに君臨していた。
部下たちは俺の発言が全てだ、それ程の実力があるのだと声を揃えて言う。だが、俺は刀を持つと意識がない。稀だと言われる程、前世での記憶もないのだ。
任務時は部下たちを連れてこない、単独行動だ。その理由は俺の任務時に必ずと言っていいほど、付いてきた部下たちはびくびくと震えているからだ。
怖いことを無意識にしているのか?身を覚えがない。それから、俺は任務時だけマスクをして表情を隠すようになった。けど、不思議だ、こいつにはマスクをしても、しなくても関係ない。怯えない妖は、あの森で暮らすキリンくらいだと思っていたが違ったようだ。
「で、これからどこに行く?」
「とりあえず、梅小路雪咲を探す。そいつを見つけたら直ちに、修正に取り掛かるっす」
「修正…ふーん」
「まぁ、気にする必要はないっすよ」
そう、鴉紅丸には出来ないことだ。もし関与することがあっても、悪影響はない。けれども、時の管理所で生きている生命体が関与しなければ、修正完了にはならないのだ。
「とりあえず、場所は突き止めたぜ」
しかし、残念だ。この鴉紅丸との関係もいつかは終わりを告げる。終わりのカウントダウンがすぐそこまでやって来ていた。
To be continued